2010年4月に日本で二人目の女性宇宙飛行士として宇宙に飛び立った山崎直子さん。2011年にJAXA退職後は、内閣府の宇宙政策委員会委員として国の宇宙政策に関わる一方で、地球環境問題にも積極的にかかわってきた。2020年10月には、英国のウィリアム王子が立ち上げた「アースショット賞」の評議会メンバーとして、日本から唯一選出された。宇宙飛行士の目には、気候変動はどのように映っているのか、山崎さんに聞いた。(寺町幸枝)
宇宙空間で感じた地球の特別さ
――2015年に開かれたCOP21(第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議)では、ほかの宇宙飛行士と共に環境保護を強く訴えていました。宇宙飛行士として、気候変動を強く感じた出来事はありますか。
宇宙に行って本当にびっくりしたのが、地球の表面を覆う「空気の層の薄さ」です。地球をリンゴに例えると、空気の層は1ミリメートルほどということは知識として知っていたものの、実際に宇宙からそれを目にすると、皮膚の様に薄く、「これくらいの薄さのもので自分たちが守られているんだ」ということを実感しました。
その薄い層は青く輝いていて、それが日の出と日の入りの時だけ、虹色に輝くのです。それがとても美しいのと同時に、脆さも感じました。
ミッションを終えて、日本での生活を再開し、東日本大震災や夏の猛暑、豪雨量増加、オーストラリ等での森林火災に次々と接していく中で、気候変動に対する危機感が高まりました。今よりも約1度低い、産業革命以前と同じ気温であったら、自然災害のリスクはもっと少ないという気象庁気象研究所のレポートもあります。
環境問題の解決に10年間で約68億円を拠出
――アースショット賞は、地球環境の回復を目的とした優れた解決策に対して、2021年から10年間、総額5000万ポンド(約68億円)を授与するという壮大なプロジェクトですね。
アースショット賞で最も共感していることは、世界中のあらゆる国、団体、個人を対象に開かれた賞だという点です。評議員のメンバー13人の出身国もバラバラで、一人ひとりが持っている背景が異なるのは、とても良い点だと思います。
日本でも盛り上げていきたいと思っていますし、今まで日本が取り組んできたことを、世界に知ってもらう良い機会になると思いますので、そのサポートをしっかり行なっていきたいと思っています。
――アースショット賞に期待していることを教えてください。
アースショット賞では、「自然保護」「大気の浄化」「海の再生」「ごみの出ない世界」「気候変動の修復」といった5つの分野で賞を設けています。
日本の企業は元々SDGs(持続可能な開発目標)に関連する活動に積極的に取り組んでいると思います。アースショット賞には、こうした日頃の活動を讃えるという側面もありますが、その中でも「革新的な」部分にフォーカスしていきたいという思いがあります。
それは、技術だけでなく、新しい考え方であったり、新しい体制やシステム、新しい方針や解決策であったり、全てが対象になります。ただ、それには科学的に合意されたデータに基づいたものである、という条件がつきます。
地球環境問題は、いろいろな人が一体となって取り組んでいかなければなりません。より多くの企業にパートナーとして参加してもらうことで、より多くの技術と人材を発掘できると思います。世界中で多くのパートナーが増えることに期待したいです。
宇宙技術を地球環境に応用・還元
――山崎さんは宇宙に行かれてどのような思いを持ちましたか。
宇宙飛行士になって、いろいろな国の人たちと一緒に「人が宇宙に行く、活動領域を広げる未来」という同じ目標に向かって活動するだけでなく、宇宙の技術を地球の生活に還元させ、生活をより良くさせることへの取り組みにかかわれたことが何よりも嬉しく感じています。
――宇宙技術をどのように応用できるのでしょうか。
2010年に滞在した国際宇宙ステーション(ISS)は、ミニチュアの地球の様な存在でした。地球では森などが、二酸化炭素から酸素を生成し、空気を循環してくれていますが、国際宇宙ステーションでは化学反応を起こして、空気を循環させています。
水も同様で、尿なども回収して、殺菌しながら飲み水に変えていくということをしています。水のリサイクル率はまだ60%強なので、その改良を進めているところです。現在は米国企業の技術を使っていますが、日本企業もより省エネルギーでリサイクル率を80%に高められる技術を開発中です。
宇宙では、1日に利用できる水の量は1人当たり3リットルと決められています。これは災害に備えて備蓄しておく水の量と同じですね。
こうした資源が限られているという状況は、宇宙だけの問題ではなく、地球でも同じです。
飲み水や生活用水として利用できる淡水は地球上の水のうちたった2~3%。それを地球に住む77億人で共有しなくてはならず、そう考えると資源の有用性を意識できると思います。7分の1の人が、安全な生活用水にアクセスできていないと言われ、この水問題はさらに悪化していくだろうとされています。
宇宙の技術と地球の技術をうまく連携させ、両方に役立てる技術の流用・還元できたらと思っています。
――水以外にも、地球で役立つ宇宙技術はあるのでしょうか。
ゼオライトなどを使い、二酸化炭素を回収し、それを化学反応で酸素に変換させるという技術があります。今地球全体での二酸化炭素の排出量が増えている中で、それを人工的に吸収することができれば、地球上の環境改善にも役立つかもしれません。
「宇宙農業」は基礎実験中ですが、例えば、肥料を適切に調整したり、青と赤のLEDを使って、紫色の光を生み出し、それを植物に当てることで、地上より3倍のスピードで植物を成長させることができました。効率よくこうした技術を使うことで、地球の食物の生産にも役立てられるのではないでしょうか。
また、宇宙=無重力空間に行くと、人間の体は変化していきます。この体の変化の一つとして、無重力における筋肉の衰えは、地上の寝たきりの人の筋肉の衰えの約2倍のスピードで起きますが、それを運動することで防いでいます。
そのメカニズムを調べることで、筋肉が衰えていく原因となっている「酵素」を見つけることができるようになってきました。筋肉や骨が衰える過程では、一度細胞が壊れて再結合するというプロセスを踏みますが、そのプロセスが寝たきりだと、分解が増えてしまいます。
この分解と再結合を起こす酵素や、一つ一つの知見を増やしていくことで、まだ基礎研究段階ですが、地上での生活に役立つものへつなげていけると考えています。
人の遺伝子は構造的には分かっていても、その機能一つひとつについては未知の部分がたくさんあります。宇宙実験では、線虫の寿命が伸びたり、きゅうりの突起が、地上だと1個なのが、宇宙だと2個に増えたりするといった現象が起きています。
遺伝子の構造は変わっていませんが、機能の現れ方が変わっていくということがいろいろと分かってきており、遺伝子の知見蓄積につながっています。将来的に、私たちの地上での生活がより良いものになる様に、役立つ知識や技術が見つかると期待しています。
宇宙ゴミにどう向き合うか
――宇宙開発が進むにつれて、スペースデブリと呼ばれる宇宙ゴミも増え続けています。気候変動問題における先進国と開発途上国のように、置かれた環境によって、主張が分かれますが、私たちはどのように向き合えば良いのでしょうか。
使い終わった人工衛星などがゴミとなって漂い、それらが衝突することで、さらに散らばって、宇宙ゴミが加速度的に増えていきます。
10センチメートルより大きな宇宙ゴミで、地上から観測できるものだけでも2万個、それよりもっと小さいもので何十万個。1ミリメートルより小さいものだと何億個ものゴミが存在しているとされています。
秒速8キロメートルほどのスピードで地球の周りをグルグル回っており、ピストルの玉の10倍くらいの破壊力があるため、小さくても大変危険です。
衛星の打ち上げニーズが増えている一方で、宇宙ゴミの影響で打ち上げができなくなるかもしれないという懸念があります。
先進国からすると、みんなが影響を受けるからみんなで解決しようというスタンスですが、途上国からするとゴミを出した先進国へ負担を求めるという状況で、意見が食い違ってしまうことが多いのです。まさに温室効果ガスの排出と同じ構図です。
国連でも何度も議論があり、使い古した人工衛星は、大気圏に落として燃え尽きるようにするか、より軌道を上げて地球から離すことで危険回避をしようといったガイドラインはできていますが、拘束力はありません。あくまでも、努力義務でしかないのです。
このような状況に対して、むしろ民間企業が国よりも早く動くことができると考え、この問題解決に取り組み始めた企業が登場しています。例えば、日本の「アストロスケール」はスタートアップで、この宇宙ゴミ回収をビジネス化した例です。
彼らのサービスは、高速道路でのトラブル発生時に、道路交通サービスのJAF(日本)やAAA(米国)が活動を行うイメージに近く、人工衛星にとって人気の軌道上で起きたトラブルを、民間企業が対応するというものです。
どうしても避けられない人工衛星のトラブルに対応するために、保険の様な形でサービスを提供する仕組みを、日本がイニシアチブを取って行なっているのはすごいことだと思います。地球も私たちも宇宙の一部。持続可能性を考えていく際には、私たち一人一人が「宇宙船地球号」の乗組員だということを忘れないことが大切だと、改めて実感します。
◆山崎直子(やまざき・なおこ) 千葉県松戸市生まれ。1999年国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士候補者に選ばれ、2001年認定。2004年ソユーズ宇宙船運航技術者、2006年スペースシャトル搭乗運用技術者の資格を取得。2010年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗、国際宇宙ステーション(ISS)組立補給ミッションSTS-131に従事した。2011年8月JAXA退職。内閣府宇宙政策委員会委員、一般社団法人スペースポートジャパン代表理事、日本宇宙少年団(YAC)アドバイザー、女子美術大学客員教授、日本ロケット協会理事・「宙女」委員長、宙ツーリズム推進協議会理事、2025年日本国際博覧会(万博)協会シニアアドバイザー、ロボット国際競技大会(World Robot Summit)実行委員会諮問会議委員、特定非営利活動法人ロボットビジネス支援機構(RobiZy)アンバサダー、環境問題解決のための「アースショット賞」評議員などを務める。著書に「宇宙に行ったらこうだった!」(リピックブック社 2020年11月出版)、「宇宙飛行士になる勉強法」(中央公論新社)、「夢をつなぐ」(角川書店)、「瑠璃色の星」(世界文化社)など。
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(取材を終えて) 「宇宙が憧れの場所だったが、宇宙に出てみると、青く輝く地球がとっても美しく、地球の方が特別・憧れの場所だったと180度考え方が変わった」と話していた山崎さん。何気ない自然環境へのありがたみを痛感し、「当たり前が決して当たり前でない」と思う様になったと話す。その思いこそ、地球が気候面で直面している課題への深刻さを認識するきっかけになっているに違いない。「宇宙技術がインフラの一部」と語る山崎さんは、気候変動問題についても、問題解決の糸口になる可能性を秘めた宇宙技術を共有してくれた。我々の生活の中で、宇宙を身近で感じる機会はなかなかないが、インタビューを通じて、宇宙を意識することで改めて地球という存在を尊ぶことができるように感じた。極限状態の宇宙を意識した技術が、今後さらに地球環境問題に対処するきっかけになるかもしれない。
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