スペイン語によるイマージョンプログラムはアメリカのイマージョン教育の約37%を占める
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アメリカの公立小学校において、英語と外国語を組み合わせて構成した学習プログラムを提供する「イマージョン教育」が人気だ。イマージョン教育の目的は、単に外国語を話せる子供を育てるだけではなく、多様性を受け入れる力を身につけさせることに注力しており、現在全米で3600を超えるプログラムが提供されている(ARC調べ)。大多数がスペイン語のプログラムだが、日本語プログラムは37校と中国語、フランス語に次いで4番目に多い。没入感を意味する「イマージョン」という言葉が示す通り、50%以上の時間を外国語による授業で構成しているのが特徴で、さらに文化学習も加わる。イマージョン教育について、先進事例を持つオレゴン州ポートランドのケースから紐解く。
◆多言語教育による恩恵
イマージョン教育は、これまでの「バイリンガル教育」とは一線を画す。単に語学面で英語以外の言語を話せる子供を教育することが目的ではない。外国語を話せる子供たちが持つ「認知能力」や「問題解決力」が、モノリンガルの学生より高いといったメリットを指摘する研究が数々発表されるようになったことに由来する。
実際にイマージョン教育を提供する学校に子供を預ける保護者の多くは、将来学ぶ外国語をネイティブ並みに話せるようになることを期待するよりも、多様性を受け入れる能力が身につくことを期待している人が多いという。なお、2ヶ国語を使ったイマージョン教育は、教室にいるすべての生徒を対象とした包括的な教育プログラムだ。構造的には「部分イマージョン」と呼ばれる50%ずつ英語と対象言語による学習を行う「50/50プログラム」と、「トータルイマージョン」と名付けられたほとんどの授業を、対象となっている外国語の言語で行う「90/10プログラム」が存在する。
ヨーク大のスタン・シャプソン教授らによると「イマージョン=没入感」という言葉が示す通り、イマージョン教育は、子供たちが学習対象言語を自然に学び、努力しなくても言語習得ができるというコンセプトでプログラムが構築されている。
英語、および学習対象の外国語をバランス良く、少なくとも2、3年、通常小学校6年間から長い時は高校3年間を加えた13年間という期間にわたり、2ヶ国語で学習を続ける。子供や家庭の方針で、途中で英語だけのプログラムに移動する場合もあるし、中学、高校と進学するにあたり、学区として外国語での授業量を減らしていく場合が多い。
しかし、多かれ少なかれイマージョン教育を経験した学生の多くは、学校生活を通じて、言語そのものの習得だけでなく、「違う文化を知り、多様性を理解すること」を自然と習得していく。さらに、イマージョン教育を経験した子供たちが、国際社会においてさまざまな場面で文化の架け橋として活躍している。
◆ポートランド公立学校の取り組み
オレゴン州ポートランド公立学校区(PPS)では、1989年から日本語のイマージョン教育が開始された。キンダーガーテン(幼稚園の年長に該当)から、12年生(高校3年生該当)まで、13年間一貫した日本語イマージョン教育を約1000人の学生に提供しており、公立学区としても全米でも1、2位を争うイマージョン教育推進学区だ。なお、PPSではほかに、中国語、スペイン語、ロシア語、ベトナム語によるイマージョン教育を提供する学校を有する。
PPSの日本語イマージョン教育のアプローチは、英語と日本語を50%ずつ採用した部分イマージョンであるが、大きな特徴として、プログラムを下支えするNPO団体「親の会」を有する点が挙げられる。同NPOは、1989年にPTAとして始まり、1997年にNPOとして組織化した。組織の目的は、日本語クラスの効果を高めるために必要な「日本語を話すインターン生」を日本から召喚。その費用を確保するための資金調達を行うことや人選の手配を行う。加えて小中高と、節目のタイミングで学生を日本に短期留学させ、夏休みには親の会が主催の「サマーキャンプ」を5週間にわたって開催するという仕組みを持つ。
授業単位での没入感を構築する以上に、実際に日本文化を生で体感できる機会を提供することは、言語教育以上の意味を持つ。実際、PPSの日本語イマージョン教育の卒業生には、その後日本の文部科学省が日本全国の公立小学校に英語教師を配置するための仕組みである「JETプログラム」に参加し来日する人や、日本の食文化に関するスタートアップビジネスを始めた卒業生など、卒業後日本と何らかの関係を持ち続ける人も多いという。
◆年月が可能にしたサステナブルなコミュニティ構築
現在「親の会」の事務局長を務める山中緑さんは、同プログラムに在籍する中学生の母親でもある。「親の会」の存在意義は、「ポートランド公立学校の日本語イマージョンプログラムの文化教育のレベルを向上させることだ」と話す。
保護者による積極的な関与により、PPSの日本語イマージョン教育はどのように進化してきたのか? 「長年日本語イマージョン教育を行ってきたことで、サステナブルなコミュニティ作りができている。たとえば、夏休みに親の会が主催するサマーキャンプには、高校生のボランティアを募るが、多くのボランティア学生は、自分が小学生の頃にキャンプに参加していた学生たちだ。恩返しのような気持ちで参加する高校生も多い。また参加する小学生は、日本語を自由に操る年上の高校生に憧れを持つ。このサイクルは非常に意味があると思う」と話す。
さらに3ヶ月に及ぶ長い夏休みの間に、参加者もボランティアもともに日本語や日本文化に触れ続け、没入感を保ち続けることができる仕組みを持っていることで、イマージョン教育の質を保ち続けられている。
しかしコロナ禍で、短期留学の機会を喪失するといった厳しい状況が続いている。そんななかでも、山中さんらはオンラインを通じた日本の提携校とのコミュニケーションを続けている。「(PPSのなかで日本語イマージョン教育を提供している)リッチモンド小学校では、パンデミック以前には年に2回、親の会がイベント的な形で日本のカレーライスや焼きそばを「温かい給食」として提供していた。ここ数年は開催できていないが、こうした食文化を共有する機会は、ぜひまた再開させたい」と話す。
なお、長年給食イベントを提供してきたなかで、現在では「焼きそば」が学校区の小学校全体で給食メニューに採用されているという。そして、焼きそばは2019年の食育団体による小学生の全米トップ給食において、麺部門の1位を獲得するほど人気があるメニューだという。なお、給食メニューに加えるために、栄養評価の面から焼きそばの麺を全粒粉で作らないといけないという大きな課題があった。しかし、麺作りに従事する日本語イマージョン教育の卒業生の協力で、提供が可能になったという逸話もある。
日本において、英語教育が公立小学校で指導要領に加わって丸2年。日本の外国語学習に関する効果はまだ計り知れない。だが、そもそも外国語教育を幼少期から与えることの意義をどれだけの日本人が意識しているだろうか。アメリカのイマージョン教育の取り組みは、外国語教育の意義を考えるきっかけになるのではないだろうか。
在外ジャーナリスト協会会員 寺町幸枝取材 ※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。
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