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【NewSphere】台湾の映像制作チームが描く「アート+歴史」 日本統治時代の画家を辿った『タッタカの思出』公開

執筆者の写真: funtrap
funtrap
2023年2月11日
読了時間: 8分

台湾でアートにまつわる映像作品を通じ、次世代に多様な歴史観を伝えようという取り組みが行われている。台湾南部にある高雄市立美術館は、開館25周年を記念して昨年まで3年にわたって「《South Plus: 大南方多元史觀特藏室》」という企画展を公開。なかでも近現代の絵画とドキュメンタリー映像をインスタレーションした「タッタカの思出」は一枚の絵画から歴史を追った企画の一つ。プロジェクトに関わった若手映画製作チーム「你哥影視社(Your Bros. Filmmaking Group)」に話を聞いた。


オンライン取材に応じてくれた你哥影視社の廖修慧さんと田倧源さん(筆者撮影)
オンライン取材に応じてくれた你哥影視社の廖修慧さんと田倧源さん(筆者撮影)

◆映像を通じて伝えられるアートと歴史 

「映像制作のきっかけは、高雄市立美術館が収集してきた1930年代からの作品と、それに関する資料や文献を提供するので、『次世代に伝えるアプローチを探るための作品を何か作ってくれないか』と声をかけてもらったことだった」と話すのは、你哥影視社の田倧源さんだ。


台湾の芸術関連雑誌のYouTubeで公開された、高雄市立美術館の企画展


「《South Plus: 大南方多元史觀特藏室》」キューレターインタビュー


 你哥影視社の1人である蘇育賢さんが、以前からアート作品と歴史考察に関する映像作品を作っていた経緯から、同美術館が彼らへ仕事を依頼したのだという。「声をかけられた時点では、どの作品をテーマに、どんな映像作りを行っていくかといったことは、何も決まっていなかった」と当時を振り返る。


◆一枚の水彩画の持つ視点に着目 

高雄市立美術館が収蔵している作品を一つずつ注意深く見ていくなかで、你哥影視社が着目したのが、高雄出身の画家、張啓華が描いた「眺望」という一枚の水彩画だった。日本統治下時代から絵を描き続けていた張啓華の作品には、時代の社会的背景が感じ取れる作品も多い。その一つの「眺望」は、張が住んでいた高雄の一室から眺めた、当時立ち入りが禁止されていた「山」を描いた風景画だ。


你哥影視社が昨年リリースした、ドキュメンタリー作品の制作過程をまとめた本『タッタカ的回憶』(左)、そこで紹介された張啓華の『眺望』(右)(高雄市立美術館蔵)


当時台湾を制圧しようとする日本軍に対して、台南の先住民「セデック族」が激しい抵抗をし、山間部で戦いが繰り広げられていた。張が描いた景色に描かれた山には、日本軍の施設が設置されており、当時から張がこの作品を描いた1970年代になっても、一般市民が足を踏み入れられなかった場所だったという。你哥影視社の廖修慧さんは「張啓華が描いたこの絵の構図を見ると、前景にあるバルコニーがとても目立つことに気がつきます。このバルコニーは、山と画家との距離を定義しています」と話す。作品に描かれた山とバルコニーによる隔たりは社会情勢への思いを描いているのではないかと感じた3人は、「この距離は軍事的な理由によるもので、政治や政策が画家の創作に影響を与える可能性があることに気づきました。そして同時に、誰がこの山に入って絵を描くことができるのか、ということも気になりました」と続ける。


では、山の向こうから街の様子を見て描くことができた人物はいなかったのか、と疑問に思った你哥影視社が調査を開始。調べを進めていくなかで見つけたのが、明治から戦前にかけて活躍した日本人水彩画家で、台湾に駐屯した元軍人の「石川欽一郎」が残した日記だったという。


◆日本人の日記から辿る台湾の歴史 


 「風景心境 : 臺灣近代美術文獻導讀」という文献の中で、石川が「タッタカの思出」というエッセイを残していることを見つけた3人。そして日本の軍人として唯一、山の向こう側からの景色を見ることができ、それを絵に残せた石川の足跡を辿ることにした。石川は後にタッタカでのスケッチをもとに「風景水彩画」の作品を描いた。そのうちの数枚は明治天皇へ献上されるほどの素晴らしい出来だったという。


無題(水彩画)石川欽一郎(1871-1945)


 你哥影視社は、石川の作品の優雅さが戦場の最前線でスケッチされた緊張感と乖離している点と、石川の旅の日記に記された緊迫した様子と描かれた作品とのギャップにさらに関心を持ったのだと話す。「アート作品は作品そのものに描かれていることだけではなく、スケッチという行為そのものにも大きな意義があるのではないか」と考えた你哥影視社は、その後残された日記や当時の新聞記事を頼りに、石川の旅の足跡を辿ってみることにした。


 「タッタカという名称から調べても、石川の辿ったルートがなかなか見つけられないでいました。でもある時、石川が記したタッタカという表記が示す場所が、現在の台湾で広く知られている「塔塔加」と違っていたことがわかり、当時の石川が探索したエリアが、現在国立台湾大学(旧台北帝国大学)が持つ「山岳実験農場」の私有地内であることがわかったのです。さらに私たちが台湾大学にコンタクトを取った頃、手つかずのまま残されていた当時石川が宿泊した警察署跡を、偶然大学側が発見したばかりでした」と田さんは話す。こうしてプロジェクトは、実際に現地のルートを訪れる機会を得たことで一気に前に進み出した。


 日本軍は、台湾の山奥に生息していた香木を確保するため、この地の制圧を目指していたという。石川は残した日記に「実際今盛んに交戦中の場所へ乗り込むのだから、却々呑気には考へられない。併し呑気に考えられなくなると、私などこれから果たして蕃地(ばんち:台湾先住民高山族の地)へ絵を描きにいくのか戦にいくのか少々曖昧にもなって来た」と軍人として「戦地を写生すること」を命ぜられたものの、その行為そのものに疑問を持つ複雑な心境を書き残している。


◆ドキュメンタリーで見せる過去と現在 

你哥影視社のメンバーは、このプロジェクトを映像で表現するにあたり、張啓華ら当時の高雄在住アーティストたちが創設した「台灣南部美術協會」の現メンバーを招待することにした。1953年に創設されたその協会には、当時の張たちが描いていた作風を守り続けるアーティストたちが在籍している。組織が今も残っていることが素晴らしい反面、当時台湾を代表するプロ画家たちが集まっていた頃の興隆は薄れ、今では趣味で作品を描く地域の小さな画家たちの集団になっていた。


 你哥影視社が昨年リリースした著書『タッタカ的回憶(Recalling the Memories of Tattaka)』の中で、この台灣南部美術協會メンバーを追いかけたドキュメンタリーを撮ることにした背景について、「多くのリサーチャーは、この協会の創成期が台湾美術界にいかに影響力をもたらし、素晴らしかったかという点を強調する。しかし、現在でもこの協会が当時とは違う形で生き生きと存在していること。スポットライトが当たらなくともアート史のなかでれっきとした存在感を持ってそこにいる。そのことを追う方が、美術史の世界に飛び込んで何かを想像する映像を作るより、当時の作風で絵を描き続ける彼らとの対話の方が、よほど現代的で今回のプロジェクトの文脈にあった対話ができると思った」と記している。脈々とアートの貴重な作風を保持している貴重な存在である彼らにもっと光が当たる機会を作れないか、という思いが重なった。


 こうして你哥影視社は、石川が当時歩いたであろう山道を美術協会の画家たちが登り、タッタカからスケッチ作品を描く様子をドキュメンタリー映像にした。加えて、私有地の管理を担当している若者ハーレムが「セデック族」の血を引いていることがわかった你哥影視社は、ドキュメンタリーを画家たちの視点とセデック族のハーレムの2つの視点で撮影。アートと歴史に関わる関係者の、同じ場所と時間を、異なる視点から描いたドキュメンタリー作品に仕上げた。


©︎你哥影視社


◆没入感を感じさせる映像とディスプレイ 

完成した映像に加え、高雄市立美術館で作品を展示する際のディスプレイについてもディレクションを任された你哥影視社は、絵画作品と映像を展示するだけでなく、実際に画家たちがタッタカでスケッチを行った時の雰囲気を伝えられるように、ベンチをはじめとした小道具を会場に持ち込んだ。高雄市立美術館の所蔵作品が壁にかけられ、今回のドキュメンタリーを通じて新たに描かれたスケッチ画はイーゼルと置かれディスプレイされた。こうすることで、展示会に訪れた人が実際に山の中を歩いているような感覚で、新旧のアート作品に触れることができるようにという意図が込められていたという。


 「今回高雄市立美術館は、私たちが手掛けた『タッタカ的回憶』プロジェクトを彼らのアーカイブとして購入してくれることが決まりました。またこの展示の後、台湾のいくつかの美術大学が私たちのアートと歴史を辿ったプロジェクトを研究し、論文を書いてくれています」と話す田さん。アートにまつわる歴史を紐解き、それを新たに一つのプロジェクトとしてアート表現を行うという你哥影視社のアプローチは、今台湾で徐々に注目を集めているというのだ。このプロジェクトをきっかけに、你哥影視社はいくつかの「アート+歴史」を追ったプロジェクトを請け負うようになったと話す。新しい歴史の解釈をアートで体感する。台湾のアーティストたちによる、歴史を踏まえた新たなアートの誕生から目が離せない。



在外ジャーナリスト協会会員 寺町幸枝取材※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。

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